「ポートガス・D・エースはいるか」


唐突に突然に、どこからともなくふらりと現れた妙齢の女性は、明らかに怒気を孕んだ声音で言った。
シャツと深緑のチノパンとサンダル。
どう見たって普通の女だけれど、それにしては背負う空気が堅気ではない。
どこかで見たことがあるようなデジャヴュ。
賞金稼ぎか、エースに私怨を持つ者か、とりあえず敵だとマルコが判断を下した時だった。


「げっ…!」


背後から、噂の本人がやってきてしまった。
女相手にやられるエースではあるまい。
白ひげ海賊団では新人だが、スペードの海賊団として名を馳せていたスーパールーキーだったのだ。
ここはエース本人に任せても問題ないだろう。
おいエース、ちょっと相手してやれと言おうとした瞬間、エースが脱兎のごとく逃げ出していた。


「は?」

「逃げられると思ってんのか、あのアホたれ」


敵前逃亡なんてことを、あのやんちゃがやるなんて。
それほど恐ろしい相手には見えないが、用心するにこしたことはないのだろう。
なんだなんだとモビー・ディック号の甲板に他のクルーが集まってくる。
逃げたエースは、おそらく船内だろう。
女に視線が集まるが、そんな視線など意に介さずただひたすらどこかを睨んでいた。
すっと息を吸った女は、特別声を張り上げることなく低くも高くもない声で言う。


「エース、5つ数える間に出てこなかったら…」


なんなんだ、と誰もが耳を傾けた中、続きが語られる前にエースが船内から飛び出してきた。
まだ数字も数えていないのに、なんてヘタレだ!と思ったもの多数。
船の中にいたのによく聞こえたな!?と思ったものも多数。
どたんばたばたごろんと人垣を掻きわけ大慌てで女の前にやってきたエースは、そのままの勢いで女に殴りかかった。
しかもメラメラの実の能力を使い、腕を炎に変えるという本気っぷりだ。
たかが女一人相手にそこまで、と誰もが女を憐れんだが。


「甘いわっ!!!」

「い゛っ!!」


腰にぶら下げていた刀を鞘ごと振り回し、炎を防いだ。
そのまま勢いよく突っ込んでいくエースを、女は鞘でフルスイング。
肺に直撃したそれに、エースは大きく息を吐きながら吹っ飛んだ。
おいおいおい、これはちょっと、ヤバいんじゃねぇの?クルーがざわめきだす。
一部始終を見ていたマルコも、まさかという面持ちだ。
加勢を、と思い一歩踏み出した瞬間、ぎろりと女に睨まれた。
所詮女と思いつつも、どうしたもんだ、この覇気は。
うっかり恐いと思ってしまった。
そんなマルコに興味ないと言わんばかりに目線を逸らした女は、ぺそぺそとサンダルを鳴らしながらエースに歩み寄る。
止める者は、止められる者は、誰もいない。

仰向けで倒れているエースの元までたどり着いた女は、鞘をエースの身体の上に置き、そのままエースの上に腰を下ろした。
ぐぇっという呻き声が聞こえたが、女には聞こえていないようでまるで意に介していない。
ぴくりと動いた指をまたもや鞘で叩かれた所で、エース完全に沈黙。
しかし、気絶することを許さないと言わんばかりに女はエースの頬を張った。
うぎゃっと再び呻き声。またもや女に届いていないようで、反対側の頬も叩かれている。

ひっ!ごめっ!やめてっ!おねが!
断続的な悲鳴が聞こえてくるので、なんかもう耳をふさぎたくなる白ひげクルー。
女は容赦なく、エースを嬲り続ける。手で叩き、鞘で打ち、足で踏みつける。
鬼だ…鬼がいる……誰もがそう思った。 (羨ましいと思った人は、残念ながら白ひげにはいなかった)


「うちのクルーに、なにしてくれんだよい」


止めに入ったマルコを勇者だ!とクルーは思ったが、行われている非道に耐えているエースはよせ!と叫ぼうとして喉を押されて声が出なかった。
女はエースから視線をあげて、歩み寄ってくるマルコを見据えた。
双方睨みあうこと数秒。
ここでマルコは、女に見覚えがあることに気付いた。
どこかで見たことがある、その容姿は…。


「お前、海軍の鬼か?」


ざわりと周りがざわめいた。
海軍の鬼といえば数十年前から海賊たちの間では有名な人物で、情け容赦なく海賊を狩るというまさに鬼。
そんな人物が、なぜモビー・ディックに。まさかオヤジを、と嫌な予感が胸を過る。
即座に戦闘態勢に入るクルーたちを余所に、海軍の鬼は未だエースの上から動こうとしない。


「なんだってーんだよ。うちの新入りを苛めてくれやがって」

「マル、やめ…!」


ぼぼっと青の炎が揺らめく。
エースがそれを止めようとするが、声が出ていない。
海軍の鬼は、怒りをあらわに立ち上がった。


「わたしは母親だ、文句あるか!!!」

アホ息子をとっちめに来て何が悪い!!






浅葉さんリク。エースいじめが楽しかったの一言で〆させてもらう。
2010/11/25