「チャオ、貴女がボクのお相手?」

「そうらしいわ。じゃあ、貴方が?」

「はじめまして、毒サソリのビアンキ」



親が勝手に決めた、自分の勢力拡大のためだけの婚姻。
今日初めて会ったばかりの相手を、どうして好きになれるだろう。
勿論、ここから始まる事だって十分ありえると思う。



「申し訳ないけど、この婚姻は破棄させてもらうわ」



だが、ビアンキには恋い慕う人が居た。
と結婚する気など毛頭ない。
もそんな気はなかったのか、
別に驚いた風もなく、いいよ、と頷いた。



「親が勝手に決めただけだしね」

「話が分かる人で良かったわ。じゃあ、私はこれで」



ビアンキが席を立とうとした時だった。
がビアンキの腕を掴み、自分のほうへと引き寄せた。



「ねぇ、それだけ?」

「え?」

「一方的に断っておいて、それだけって聞いてるの」

「貴方も頷いたじゃない」

「そうだね。でも、もしかしたら泣く泣く頷いたのかもしれないよ?」

「とにかく、私は帰るわ」



の腕を振り解き、今度こそ帰ろうとした。
この男の傍にいてはいけない。
本能的に、女の感というもので、直感的にそう思った。



「待ってよ」



逆らえない力で阻まれる。
いや、逆らえないのではなくて、身体が動かないのかもしれない。
恐怖が身体を駆け巡った。



「何か、お詫びが欲しいな」

「何する気?」

「さぁ?なんだろね」



ココはの家の一室。
部屋にはとビアンキとの二人しか居ない。
いや、この家自体、今日の二人のために家人は全員外に出ている。



「ふふ、そうして固まってると毒サソリも一人の女の子だね」



引っ張られ、組み敷かれる。
この後何が待っているのかは嫌でも想像がついた。
思いきり抵抗すれば抜け出せなくもないのだが、どういった訳か身体が動かない。
次第に目の前に居るが恐ろしくなってきた。
笑っているのに、屈強な男というわけでもないのに。
どちらかと言えば、細身の優男なのに。
この身の底から湧き出でる恐怖はなんだろう。



「美人で、凄くボク好みだ」



眼前で囁かれ、背中が粟立った。
恐怖に負け、全てから逃げ出したくて目を瞑る。
こうしている間に、本当に逃げられたらどれ程良いだろう。





「なーんてね、冗談だよ」





ビアンキが驚いたようにを仰ぎ見れば、
はビアンキの横で盛大に笑っていた。



「あはは、はは!本当にすると思った?」



ビアンキは羞恥で顔が赤くなるのを感じた。
からかわれた。
気付けば手が上がっていて、その手はに向けて振り下ろされていた。
歯切れの良い、痛々しい音が響き、の頬がビアンキとは別の色で赤く染まる。



「帰るわ」

「どうぞ?」



頬を摩りながら、は返答する。
しかし、ビアンキは再度に腕を引かれた。



「でも、最後にこれくらいはいいでしょ?」



頬ではなく、唇にされたキス。



「婚姻破棄とほっぺ叩いた慰謝料ね」



ビアンキはもう一度を引っ叩いてやりたい衝動に駆られたが、
何故だかやめておいた。
今は一刻も早くこの男のもとから去りたかった。
瞬き一つしても、涙が零れそうだったから。
扉を開け、部屋から出て行く寸前。
思い出したかのようにを振り返り、捨て台詞を吐いた。




「最低」

「知ってる」




そして今度こそ本当に部屋から出て行った。
は走り去るビアンキの後姿を見ながら、悠然と微笑む。



「くく、本当に女ってのはおもしろいな」



ビアンキに叩かれ、腫れた頬を摩りながら呟いた。



「そうだ、婚姻破棄になったこと、お父様に言わなきゃ」



部屋の隅にある電話機を手に取り、番号を押す。



「あ、お父様?断られちゃった。え、何もしてないよ、ホントだって。
うん、うん…。え、またぁ?もうヤダよ、ボクは暫く一人でいいから。じゃあね」



がちゃり、と受話器を戻し、ごろりとカーペットの上に寝転がった。
思い出すのは先程のビアンキの去り際の顔。
憎むような、恥らうような顔が堪らなかった。
歪む顔が美しければ美しいほど、より一層見ていて愉快になる。
これだから、女をからかうのはやめられない。
例え最低と罵られようが、罵倒されようが知ったこっちゃない。



「ボクが楽しければ、それでいいんだよ」



始めから誰かと婚姻する気などさらさらなかった。
全てはこの楽しみのため。
泣くなら泣けばいい。
自分には関係のないことだから。







2006 03 24



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