
お子さま行進曲 ロジェと!
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「ちゃん、どっちが好き?」 「どっちでもいいよ」 「…もう、随分な態度じゃない」 僕が一緒に選んであげてるのに、と両手に持ったチュニックを棚に戻しつつぶちぶちロジェは零す。 二人は学校帰りに待ち合わせ、電車で街に出ると駅の傍にある大きなビルへと足を運んできていた。このビルはリーズナブルな値段で良い物の揃う若い女性の間で人気な店なので、この時間帯は平日でも多くの女性客で賑わっている。 「僕と同じ様な感じのは?ちゃんバーバリーとか好き?」 「???」 「…知らないか。まあ三万円でバーバリー揃えるのは無理だし、この辺には店置いてないしね……適当に探そうか」 の保護者であるマルコから預かった封筒に入った予算は、三万円。 ある日宅に遊びに行った時、無意味に深刻な顔をしたマルコからこれで適当にコーディネートしてやってくれ、と言われたのが今回の買い物のきっかけだった。 着るものに一切のこだわりがないは、ロジェと二人で休日に遊びに行く時も平気でジャージにサンダルで現れる為、全身きっちり好きなブランドや安く手に入れた流行りの服で固めたロジェと並ぶと残念ながら非常に浮くのである。 その為マルコの頼みは二つ返事で受け入れたが、手渡された金の、おつり分は手間賃として受け取っていいという約束を取り付けるのは忘れなかった。 「さっき買ったパンプスは普段使いだし、着回しの効くものがいいよね。千円くらいで手に入るスカートとかもあるから…」 「ロジェの好きなのでいいよ…」 「…もうちょっとおしゃれに興味もちなよ」 買い物に本当に興味がないらしく、は店を見回しながら退屈そうにしている。そんな彼女をロジェはぐいぐい引っ張って歩き回った。 「…ロジェ?」 「え?」 さて次は何を買おうかと頭の中での着せ替えを行っていたロジェは、聞き覚えのある声にいきなり話し掛けられて後ろを振り向く。知った顔に、ロジェの顔が緩んだ。 「うわ、偶然だねマナ」 「ええ」 ロジェと同じ鞄を掛け、片手に買い物袋を持った目の前の少女は柔らかく微笑む。肩まで伸びた栗色の髪がふわりと揺れた。 現れた見知らぬ人は、どうやらロジェと知り合いらしい。親しげに笑いあう二人をはきょときょとと見比べた。彼女が着ているのはロジェと同じ制服だが、彼女と違い膝丈のスカートにストッキングという落ち着いた格好の為、雰囲気が随分違って見える。 「だれ?ロジェ」 「マナ、と申します」 「といいます」 ロジェとを交互に見つめ、マナは微笑むと優美な仕草で一礼した。それにつられて、もやや硬い動作ながらきちんと頭を下げる。 「じゃあこんな道端じゃ何だし、どっかで落ち着いて話そうか」 初対面のせいか若干ぎこちない二人に、ロジェはにっこり笑って言い放った。 些か強引なロジェの案内で来た場所は、3階にあるフードコートだった。 「僕イチゴ生クリーム」 「も!」 「…えぇと、えぇと」 早々と注文を決めた二人をちらりと横目で伺い、マナは真剣な表情で展示されている見本を見つめる。 「もうマナ、早く決めてよ。早くに並ばないとここのクレープ屋混むんだから」 「急かさないで下さいロジェ、イチゴかブルーベリーか悩んでるんです」 「悩むことないよここのはどれも美味しいし。そういうわけでマナもイチゴでいいよね、はい決まり」 「そ、そんな勝手な…!」 ロジェは一方的にまくしたてると、抗議に背を向けてに向き直りにっこりと微笑む。 「じゃあちゃん、会計よろしくね。僕らあっちの席で待ってるからさ」 「わかったー!」 は大きく頷くと、笑顔でレジに向かった。 「…ロジェ、お友達でしょう?奢らせて当然のような態度は感心しませんよ」 「いいんだよちゃんなんだから。僕らは昔からああなの」 並んで歩きながら咎める様に小さく囁いてくるマナに、ロジェは全く悪びれず返す。 「奢ってもらったら今度は奢り返したりするし、お金ある方が出すんだよ。いつもそんな感じ」 「…そうなのですか、でしたら良いのですけど」 適当な席を見つけて座り、周囲を軽く見渡すと席にはちらほらと自分達と同じような制服組がまったりとお喋りに興じていた。 「ここのフードコート、結構この時間学生で混むんだよね。うちの学生もいるし別に咎められる事ないよ」 放課後に買い食い等したことがないらしく、きょろきょろと落ち着かない様子のマナにロジェは苦笑しながら呟く。 「そ、そういうわけでは…」 マナが目線を逸らすと、丁度レジに並ぶの後ろ姿が見えた。まっすぐ姿勢良く立ってはいるが、その目はクレープ作り真っ最中である厨房に釘付けになっている。 「元気のよろしいお友達ですね」 「元気も元気、僕なんか初めて会った日に泣かされたし」 「まぁ、貴女を泣かせたんですか。それは凄いですね」 5歳の頃のことを未だに根に持っているロジェに、その事を知らないマナは素直に驚き感嘆する。何しろロジェが泣いている所等誰も見たことがないというのが、学内での共通認識だった。 「でも珍しいよね、マナが学校帰りに寄り道なんて」 「私でも寄り道くらいしますよ?図書館とか…」 そうこうしている間にクレープが出来あがったらしく、が三つのクレープを抱えて笑顔で席に近寄ってくる。 「おまたせー、はいロジェ」 「ん、ありがと」 「はい、…えーと」 「マナです」 ありがとうございます、とマナはクレープを受け取り頭を下げた。 「ちゃんは会うの初めてだっけ?僕の学校の友達だよ」 「ロジェの友達?だよよろしくね」 「はい、どうぞ宜しく」 にこやかに微笑みあう二人をほのぼのと見つめながら、ロジェはぱくりとクレープを齧る。 「僕ら幼馴染なの」 「まぁ、昔からの付き合いなんですね……?」 なにやらじっと己の胸元を見つめているに気づき、マナは首を傾げて視線の先を辿るが特に違和感は感じられない。 胸に付いている校章が気になるのかしら、でもロジェも同じ校章を付けているし…と考えていると、視界に手が唐突に映った。 もみり。 「わー、やわい」 むにゅむにゅ。 「……」 ブレザーの膨らみを掴んで無造作に揉むに、当事者であるマナと傍観者であるロジェの時が止まった。周りの時間が止まっているのも気づかず、は自分にはないそれに興味津々で触っている。 やがて 「――――っ!!!??」 「わ!」 声にならない悲鳴と共に、渾身の力で容赦なく顔面に繰り出された平手をはすいっと避けた。 「何のおつもりですか……」 怒鳴り出したいのを必死で堪えている様な、地を這う様な暗い声が震える唇から洩れる。 「マナ、ちゃんは衝動のままに生きてるだけだよ」 唐突な同性からのセクハラを受けてなお冷静さを保とうとするマナに、ロジェは生ぬるい同情の目を向ける。緩く首を振りながらフォローになっていないフォローをする彼女に、突っ込みを入れる者もいない。 「ねぇちゃん」 「うん、マナの胸おっきいからさわってみたかったの、ごめんなさい」 何が悪いのか全く理解しておらず、口を尖らせて成り行きを見守っていたにロジェが促すと、は眉を下げ反省した様子で頭を下げた。 「…っ!!」 余りにも素直にぶっちゃけるに、マナは絶句する。 「ねぇマナ、ちゃんに悪気はないんだよ」 「………」 笑みの混じったロジェの言葉を聞いているのかいないのか、マナは頬を染めてふるふると震えたまま動かない。 「マナ?」 「………わかりました」 何を分かったのか、数秒の沈黙の後に顔を上げた彼女の決然とした表情にロジェは出しかけた言葉を飲み込んだ。 まだ頬も赤いし目も潤んでいる。だがその表情は毅然とした、ロジェが彼女の一面で最も苦手とする『説教がち真面目委員長』なマナの顔だった。 きりっと眉を吊り上げる彼女を見てこれは面倒だ、とロジェは内心溜め息を吐く。どうやら世間知らずのに対しいらない使命感が芽生えたらしい。 こうなるとうるさいのだ。には悪いが自業自得だし、お説教に巻き込まれるのはごめんだと早々に見切りをつけたロジェは気配を殺してクレープをもぐもぐ食べる。完全に影に徹し始めたロジェに視線を向ける事無く、マナの目は首を傾げるを見据えていた。 「さん。お話しましょう」 「…お、お話?」 目が笑っていない彼女の笑みには不穏な気配を感じとり身を引くが、椅子の背もたれにぶつかって終わる。 「…マナ、怒ってる?」 「いいえ、まさか。少し気合を入れただけです」 こほん、とマナは一つ咳払いをした。 「いいですか、淑女というのはみだりに他人の身体に触れるものではありません」 「しゅくじょ」 鸚鵡返しには呟く。意味を理解できない時の反応だと知っているロジェは笑いたいのを堪える。 「そう、貴女は少し思慮が足りなすぎる。私達も高校生、子供ではないのですから、それなりの分別を弁えるべきです。それなのに貴女という人はまるで子供みたいに…」 「…うー」 つらつらとお説教を始めたマナに、哀れなが助けを求めてロジェをちらちら横目で見る。だが、ロジェであってもこうして態度を硬化させたマナの相手は面倒なのだ。実にさりげなく目線を逸らしてロジェがのらりくらりとやり過ごしていると、気もそぞろなに気づきマナがむっとした。 「さん?」 「うぇ」 優しげだが有無を言わせない声に、そういった雰囲気に慣れたでさえびくっとして前を向いた。 こういう時のマナはそう簡単には止まらない。助け舟出してあげようかな、とロジェはにやつきながら口を開く。 「ところでさ、マナは何を買ってたの?」 「え?」 「持ってたじゃない、袋」 今は鞄の中にしまわれているらしい、会った時にマナが持っていた黒い包みをロジェはきちんと覚えている。そしてその包みには見覚えがあった、紳士用品を扱う店だ。自分の買い物というわけではないだろう。 「こ、これは私の、」 何故かうろたえた様子のマナの言葉を遮り、ロジェは俄かに黒い笑みを浮かべた。 「パパに『お父様くらいの年の方は、どういった物がお好みでしょうか』って聞いたんだって?年上の恋人なんてマナも隅に置けないね」 「!」 ロジェの指摘に、目に見えてマナが動揺した。 丁度昨日のことだった。毎週楽しみにしていた動物番組が打ち切られ、虚ろな瞳で後番組のバラエティを見ていた父親がぽつりと零したのは。 家に遊びに来た娘の友達から、突然持ちかけられた相談に父親の誕生日でも近いのかと思いながらシドニアは快く承知した。その際、ふざけ半分に恋人にでもプレゼントするのかと冗談で聞いたところ、急に頬を染めて俯かれたらしい。 頭は良いが素直な気質であるマナは、相手の腹を探りあう様なやりとりは余り得意ではない。自分の父親にプレゼントするのだと適当に誤魔化せばよかったものを、中学時代から仲良く付き合う親友の父親相手に気安さも感じていたのだろう。アドバイスのついでに色々と相談に乗ってあげたとシドニアは呑気に語っていた。 どんな相手だか分からないが、他の同級生の男ではない遥か年上のシドニアに『同じくらい』と言う以上は相当に年上の相手なのだろう。親子程の年齢差は犯罪ではないかと思うが、それを突っ込むと幼馴染のや果ては自分自身まで累が及びそうなのでロジェはやめておいた。 秘密にしておきたかったであろう事を悟られ、マナは俯いて撃沈した。その表情は沈鬱で苦々しさに満ちている。 「…貴女に対して口止めをお願いしなかった事が、私の敗因ですね。何が望みです?」 察しの良いマナに、ロジェは満足げに頷いた。 「僕ら急ぐからさ、お説教はまた今度にしてほしいんだよね。ちゃんの洋服のコーディネートするの。そうだ、マナも手伝って」 「そんな事でいいのでしたら」 「えー…まだ見るの?」 自分から注意が逸れている間にクレープを食べてご満悦だったは、また自分に話が及びだして途端に嫌そうな顔になる。 「何言ってるのさ、まだ靴しか買ってないじゃない。またジャージで街歩き回ったりして、マルコのおじちゃんに呆れられても知らないからね」 「ジャージは機能性に優れていますが、街を歩くには向きませんね。さんは背が高いし…上はチュニックに下はジーンズでカジュアルにまとめては?」 「ジーンズは割りとちゃん持ってるから、それいいね。で、コンセプトだけど…」 「…うー」 盛り上がる二人をとても遠く感じて、はテーブルに突っ伏し深く重い溜息を吐いたのだった。 ―――――――――― あとがき 勢いで書きました!少し後悔している(^_^;)今後手直しするかもしれません。 お暇つぶしになれば幸いです。 自分にないものに興味深々なアホ鳥です。 □ |