
お子さま行進曲 ロジェと!
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「おい、出来たか?」 「出来たー!!」 台所の様子を伺いに来たサッチに声を掛けられ、はにかっと笑って振り返る。 両手に持った皿の上には、ホコホコと微かに湯気を立てる出来立てのストロベリーマフィンが、こんもりとした小山を作っていた。 「じゃんっ!!」 「またずいぶん作ったな…」 昔の自分の所業を棚に上げ、サッチは大皿いっぱいのマフィンに顔を顰める。 「皆で食べるからいいの。それでも余ったらが食べる」 「よだれ出すな。流石に土産に持たせてやれよ」 そんなやり取りを交わしながら、二人揃ってテコテコ廊下を歩き、の部屋へと向かう。 離れへと歩みを進めると、いかにも旧家と言える古い日本家屋であるこの家とは少し不釣り合いに映る、新しい建物が目に入ってきた。小さなプレハブサイズの家で、そこがの部屋である。数年前の為に改築された新しい家だ。 トントンとドアをノックして、室内にいる客の返事も待たずガチャリと開けた。 「ロジェただいまー!」 「おかえり二人とも」 元気のいいの声に、座り込んでファッション雑誌を眺めていたロジェが笑顔で振り返る。 フローリングの室内には、いつもが寝転がっているふかふかしたクッションの敷き詰められたスペースがある。其処にロジェが当然の様な顔で居座っていた。 両足を伸ばし寛いだその姿は、まるで彼女こそが部屋の主であるかの様だ。しかしそれに文句を言うでもなく、はニコニコ笑顔のまま皿一杯のストロベリーマフィンを差し出す。 「はいロジェ、出来たよ!」 「わー、すごいねちゃん!本当に作ってくれたんだ」 目の前のテーブルの上にゴトッと置かれた、の心尽くしのお菓子にロジェは喜色を浮かべてクッションの海から跳ね起きた。山盛りのストロベリーマフィンに喜ぶロジェに、は嬉しそうに笑って胸を張る。 ロジェが電話で『甘いお菓子食べたい、ちゃん作ってー』とねだってきたので、料理の得意なサッチを捕まえて張りきって作ったのだ。幸い家に沢山の苺があった為、ジャムを作りストロベリーマフィンを作った。喜んでもらえば、朝から頑張った甲斐がある。 「苺のお菓子ロジェが好きっていうから、頑張って作ったんだ!」 「ありがとう!ちゃんお菓子作り上手だよね」 「えへへー」 すごいすごいと褒められて、は照れて表情を思いきり緩める。見えない尻尾がブンブン振られているのがサッチには見えた。 「あれ?ねぇちゃん、紅茶がないよ?」 「あ!ごめん今淹れてくる!!」 不満げに口を尖らせたロジェの一言に、ニコニコ誇らしげにしていたは慌てて立ち上がる。ドタドタと忙しなく廊下に飛び出すの後ろ姿を見送って、サッチはやれやれと座布団に腰を下ろした。 「あいつも大した犬っぷりだな」 「ふふ、だってちゃんだもん。僕がやり方教えたら、すぐ美味しい紅茶淹れられる様になったんだよ」 微笑を浮かべ、ロジェは小山からストロベリーマフィンを一つ手に取って一齧りする。出来たてのそれは温かく、表面はサクサクと中はふかふかとした食感でロジェの好みに合っていた。ストロベリージャムはとろりとして甘酸っぱく、文句ないその味に笑みが浮かぶ。 「おいしいー」 「そりゃそうだろ、おれがレシピ作ってやったからなァ」 口に広がる味に満足げなロジェをニマニマと笑いながら見つめ、サッチがマフィンを指さす。 「…そうなの?」 「苺好きなんだろ?」 「うん、好きだよ。よく知ってるね」 「なーに、この間のおやつに出した苺タルトに喜んでたからな」 少し驚いた表情を見せるロジェにサッチは薄く笑う。 「苺を沢山貰ったからって作ってくれた奴だね?うん、あれは美味しかったぁ」 「へいへいどうも。このマフィンもその苺使ったんだ、消費に貢献してくれ」 「そうしてあげなくもないよ、美味しいの作ってくれればね」 「へいへい」 不遜に言い放ち、またぱくりと口に運ぶロジェを見てサッチは苦く笑った。全くこの子ときたら、親の教育のせいかすっかり尊大になったものだ。聞くところによると、料理の一つも作ったことがないらしい。 「チビちゃんも、くらいとまでは言わねェが菓子の一つも作れる様になれよ、女なんだし」 「僕はそんな事しなくていいの、そういうのはおじちゃんやちゃんの仕事なんだから。食べたいものがあったら作って貰えばいいんだもん」 ロジェはふふんと笑い、サッチに視線を移すと甘えた様な微笑みを浮かべて口を開いた。 「だからおじちゃん、今度は苺ムースのケーキが食べたいなー」 「もう苺ねェよ、今日で全部使っちまった」 「えぇ!?もうサッチのおじちゃんたら、褒めた甲斐がないじゃない!僕の為に残しておいてよ、もう」 「だからちゃんと残して使っただろ…」 「僕を優先するのはサッチのおじちゃんの義務でしょ、小さな頃からそうだったじゃない」 「義務とまで言うか!?」 そう言って幼い頃の様にふんぞり返るロジェに、サッチは愕然とする。いつの間にここまで上から目線になったのか。 完全に下に見られているが、しかし不思議と嫌な気がしない。こういう態度が、彼女なりの甘えの印という事を知っているせいだろう。そう思えば、わがままな言い分も可愛らしいものに思えてくる。サッチはつんと澄ましているロジェの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でた。よく手入れされた髪はふわふわさらさらしている。 「ちゃんと甘やかしてるじゃねェか。ほーらかわいいかわいい」 「ちょ、髪の毛くしゃくしゃにするのやめてよね!」 自慢の髪をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でくり回され、ロジェは抗議の声を上げた。 「ほーそーか、じゃ、直してやるよ」 「わっ、ちょっとサッチのおじちゃん!」 不意にサッチの腕がロジェの腰に回り、そのまま引き寄せられて膝に抱えられる。 「な、な、何のつもりサッチのおじちゃん!?」 怒りと羞恥に、ロジェは声にならない声を漏らした。白磁の頬が朱に染まり、碧の瞳が吊り上がる。 後ろから抱きしめられている状況から逃れようとするが、男の腕が腰に回り押さえられたままでいる為離れようにも動けない。 「怒んなよ、小さい頃みたく抱っこしてやってるだけだろー」 手櫛でロジェの髪を整えながら余裕たっぷりに答えるサッチに、ロジェは一気に不機嫌になった。にやにやと笑う顔が憎たらしい。 「僕をからかうなんてそんなこと許されると思ってるの!?おじちゃんの癖に生意気だよ!」 「いやお前どこのガキ大将だ!?」 「いいから下ろしてよ、僕もう子供じゃないんだから」 下からサッチを睨み、離れようとするロジェにサッチは笑いが止まらない。日頃は取り澄ましたその顔が、いつになくうろたえるのを見ているのは楽しかった。 「小さい頃は『おじちゃんおひざにのっけてー』って、自分から寄ってきてたのになァ」 「!だから、」 「あァ知ってるよ、もう子供じゃねェって」 からかう様な声音から一転、穏やかともいえる口調で呟いたサッチにロジェは一瞬止まる。その瞬間を見逃さず、サッチは少女の頭を掴み引き寄せた。 「え、」 動く間もなく、呼吸が塞がれる。唇から伝う柔らかな感触に、ロジェの思考が止まった。 今、一体、何が。 暫くして重なっていた唇が離れても、微動だにせず呆然と目を見開き、口を半開きにしたままでいるロジェの顔を見て、珍しいものを見たとサッチはくっくと笑った。存外に純情な反応をしてくれるものだ。 「何だよチビちゃん、初めてだったか?」 おかしそうに笑いながらサッチが口を開いた、その瞬間。 ロジェは無言で素早く懐に手を突っ込み、首に下げていたホイッスルを口に咥えて思いきり吹いた。 ピイィィィィィィィ! 「うぉっ、おい!?」 鋭い笛の音が静かな敷地内一杯に響き渡る。ロジェの突然の行動、その意図に気づきサッチは慌てて身を離した。 そして予想通り、すぐに遠くからドタドタという足音が聞こえてくる。その音がすぐ側まで来たかと思うと、バタンッと勢いよく部屋のドアが開かれてが姿を現した。 「ロジェー!どうしたのー!?」 血相変えて飛び込んできたに、ロジェは座り込んだままサッチに向けてビシッと指を突きつけた。 「ちゃん!サッチのおじちゃんが僕に無礼を働いたんだよ!やっつけて!」 「おいお前そりゃひどすぎ、」 「らじゃー!!」 「うぉい!?」 ロジェの居丈高な命を受け、は何の疑問も差し挟まなかった。忠実な犬の如くサッチに飛び掛かってくるのをすんでの所で避け、これはまずいとサッチは慌てて逃げ出した。あくまでもとの一対一での喧嘩なら、確かに勝てる自信はある。しかし何より背後の存在の方が面倒臭いので、の喧嘩は買わないに限るのだ。 それを恐らく知っているのだろう。ちらりとロジェを見るが、ぷいと顔を背けていて表情は見えなかった。 「まてー!」 「待つかバカ!」 室内を追っかけっこしている二人に、ロジェはずっとちらりとも目を向けなかった。 「サッチのばか!ロジェいじめたらダメ!」 「ちゃんもういいよ、それよりお茶は持ってきてくれたの?」 「うん、ちゃんと持ってきたよ」 ドタバタと騒いだ挙句サッチを部屋の外へと追い払うと、は漸く注文の紅茶をテーブルに支度し始めた。しかし、ちらりと横目で友人を見て首を傾げる。何だかロジェが、先程と様子が違いはしないだろうか? 何故かこっちを見ようともせずぼぅっとしているロジェを不審に思い、そっと顔を覗き込むと頬が真っ赤に染まっている。 「ロジェ顔赤いよ?」 「…何でもないよ」 心配げに覗いてくるに、少しばつが悪そうにしながら顔を逸らす。常にないロジェの様子に、はますます心配そうにロジェの服の袖を引っ張った。 「そう?でも赤いよ!ちょっと目も潤んでるし風邪引いた?ねぇねぇ」 「もう、ちゃんってばうるさいの!僕が何でもないって言ったら何でもないんだから!分かったらふせっ!」 「ふせっ!!」 ロジェに怒られ、は攻撃を受けた亀の如く同い年の少女の足元に丸くなって縮こまる。 全くこの二人の力関係は、小さい頃とほとんど変わらない。ふせのご褒美にロジェからチョコレートを貰って喜んでいるを物陰から窺いながらサッチは溜め息を吐いた。追い出された以上ここに長居はまずい、と早々に見切りを付けの部屋に背を向ける。 (…ま、脈がないわけじゃねェかな) 光の加減で茶色にも見える、ふわふわ揺れる蜂蜜色の髪の間から覗く顔。それが未だ朱に染まっているのを去り際に確認して、サッチは緩く笑った。 ―――――――――― 「パパただいま、お土産だよ」 「ロジェたんおかえりー」 友人の家から帰ってきた愛娘の笑顔と、寄越されたタッパ一杯のストロベリーマフィンにシドニアの顔がでれっと緩む。 「ちゃんが僕に作ってくれたんだ」 「ほー、あのチビはこんなの作れるようになったのか。どれどれむぐり」 「パパったらお行儀悪い」 甘いものが好きなシドニアは、夕食前にもかかわらず早速マフィンにかぶりつく。廊下で立ったまま食べる彼にロジェは呆れた。 「うん、んまいー。しかしチビが使う為だったんだな、納得」 「え?」 シドニアが漏らした言葉に、廊下を歩いていたロジェの足が止まる。娘の疑問に満ちた視線を受け、シドニアはごくんとマフィンを飲み下すと笑顔で答えた。 「あぁ、この間スーパーでな、あの白ひげんとこのサッチが苺買ってんの見たんだよ。やけに沢山買ってたからなんだと思ったんだが」 「サッチのおじちゃんが?苺を?」 「んん」 もぐもぐと口を動かしながら頷く父親に、ロジェは口に手を当てて考え込む。確かサッチは、苺は貰ったと言っていなかったか。 「……ちゃんじゃあるまいし…僕をそんなのに引っかけようったってそうは…」 「ロジェたん?」 何事かをぶつぶつ呟くロジェの視界にシドニアが入り込む。上から覗き込んでくる不思議そうな目と視線がかち合い、ロジェははっと我に返った。 「何でもないよっ、それよりパパお夕飯の支度早くしてね?」 ロジェはそう早口で言い残すと、慌てた様子で自室に駆けていった。 「??????」 訳が分からず愛娘を見送ったシドニアだったが、今までの会話内容を洗い出していくと一つの事実に行き当たる事に気づく。確か…。 「……………………」 口元に苺ジャムをくっつけたまま黙考する彼の、碧の瞳がきらりと冷たく輝いた。 あとがき 余裕のないロジェ。ツンデレ…難しい…。 素直じゃないので、デレるまでにはまだ掛かりそうです。 ロジェはベリー系のおやつが好き。ちゃんがサッチにバラしました。 恐らくこの後サッチには、@ロジェからの照れ隠し含めた陰険な嫌がらせAシドニアからの悪意籠った陰険な嫌がらせ の両方が来るかと(^∀^) おおよそ照れ隠しと想像のついているサッチのにやけ顔想像余裕でした。 ロジェたんとサッチを激烈応援、サッチもっとやれ…!! □ |