お子さま行進曲 ロジェと!



玄関の扉を開き、そこに見えた顔にスモーカーは呆然とする。

「よぉスモーカー!去年以来だな」

玄関に立つその男は、にこやかに微笑みながら片手を上げた。
目立つ蜂蜜色の髪、上背のある背格好、愛用の黒いコート。よく見知った上司の姿に、スモーカーの背筋が知らず伸びる。
「…いつのまに日本にお帰りに?シドニアさん」
「今日だ」
あァ疲れた、と聞こえよがしに言いながら家主を押しのけ勝手に上がり込んでくる。見ると傍らのスーツケース以外にもバッグやら紙袋やら重そうな荷物を沢山抱えていた。どうやら家に帰らずこちらに直接来たらしい。
そのままどっかりと玄関に座り込み、疲れた様子でふーと深く息を吐く上司の後ろ姿を眺めながら、一体この人は人の家に何しに来たんだと一瞬思いを巡らせる。だが考えてみれば、この男が家に帰らず自分を訪ねてくる理由等知れていた。現在己の家で預かっている、彼の愛娘しかいない。
その予想を裏付けるかの様に、振り返ったシドニアはへらりと顔を緩める。
「で、おれのエンジェルは?」
「……いません」
「何で!?」
愕然とした表情になるシドニアに、スモーカーはやっぱりそうだったかと肩を落とす。どうやら彼はつい数日前の連絡をすっかり忘れているらしい。

「電話で言っておいたでしょうが、クリスマスは友達と一緒に遊んでくるからいないって」

3日前だ、ロジェが遊びに行って帰ってきた途端『クリスマスはちゃんのおうちでパーティにおよばれしたんだ!』と自慢げに話してきた。聞くと、クリスマスは宴会だからロジェも来いと誘われたらしい。
酒の席に子供を呼ぶとはどういうつもりかとも思ったが、あの家と付き合っている以上今更の話かと思い直す。しかし以前の様に酒を飲まされて帰って来させる訳にはいかないので、ロジェには絶対酒を飲むなと言い聞かせておいた。
そして行く事が決定してから、スモーカーはすぐに異国の地にいるロジェの本当の保護者に連絡を入れた。冬期の休暇は愛娘に会う為確実に帰ってくる彼に、クリスマスにスモーカーの家に来ても無駄だと伝える為に。

だというのに、この上司はそれを忘れてひょっこり帰国してきたのだ。電話口でしっかりわかったと言っていた彼を思い出しながら内心嘆息するスモーカーに、全く気づかぬ様子のシドニアは顎に手を当て、眉を顰めて考え込んでいる。
「………覚えてねェが」
「おれはきちんと連絡入れましたよ?ついでにあいつがクリスマスプレゼントに鯨の抱き枕欲しがってたってのも伝えましたが」
おともだちがもってるからほしい、とじたばたしていたので覚えていた。探し当てて値札を見たら5万と高かったので、シドニアに買わせようと思っていたのだ。
「ああ、それなら買ってあるぞ!」
「ならつまり、都合の悪い事だけさらっと忘れた、と」
「うるせぇな」
悪態をつきながらも自分の失態が分かったらしくばつが悪そうにしている。傍若無人な所はあるが素直な所が娘もよく似ている、とスモーカーが内心思っていること等知る由もないシドニアは、玄関の窓から夕暮れの空を眺めてちっと舌打ちした。
「ロジェたんはまだ5つだぞ、おい!よそのちっちゃい子を、こんな遅い時間まで連れ歩くってのはどういう事だ」
「ですから丁度これから迎えに行こうとしてたんですよ」
スモーカーがそう言うとシドニアは腕時計を覗き込んだ。
「…5時か、時間から考えるとそろそろ夕食の支度してる頃だが…おいスモーカー、そのロジェたんのお友達のお宅ってのはどういう家だ?」
「白ひげの所です」
流石の彼もその返答は予想外だったらしく、目を見開いて驚く。
「ほぉ、白ひげのじいさんの?そういえばあの家にちっちゃい子いたな、やたら元気なのが」
「多分それですね、前髪を縛った…」
「ああ、その子その子。前に、偶には気分を変えてって思ってな、裏口からあの家に侵入したら鉢合わせて。いやーいきなり襲い掛かられて驚いた」
「…そんな事があったんですか…どうしたんです、それで」
初めて聞く事実にスモーカーが聞き返すと、シドニアはあっけらかんと答えた。
「片手でパーンで終わりだよ」
「………」
その光景が容易に想像が付く。いつもの顔のまま、恐らくどろぼーどろぼーと騒いでいるだろうを片手にぶら下げて白ひげに会いに行く彼の姿が。
シドニアは愛娘にはベタ甘でも子供全般に甘い訳ではない。敵の立場だろうが相手を受け入れる柔軟さは持ち合わせているが、基本的に自分に刃を向ける者には容赦しない男だ。物腰が穏やかなので彼を甘く見る者は多いが、上層部にいるだけあって内面はそれなりに苛烈さを秘めている。
玄関に飾ってある小さなツリーのオブジェを手に取って眺めながら、シドニアはそれにしても、と続ける。
「あの子、マルコの嫁になるかも知れないんだって?あいつロリコンだったのか、初めて知った」
「…知らねェですよンな事」
知っている顔の嫌な、しかもなおかつ何か侘しくなる情報を聞かされてうんざりした顔をするスモーカーに気づいて、シドニアはこっそりにやっと皮肉な笑みを浮かべた。
「知らねェって事はねェだろ、ロリコン同士仲良くしろよ」
「ちょ、誰が何ですっておい!!??」
思いも掛けぬ事を言われ、玄関に置いてある観葉植物を眺めていたスモーカーの顔が勢いよくシドニアに向き直る。
「よかったじゃねェか仲間が出来て。もう一人で悩まなくていいんだぞ」
「聞けオッサン!!」
背中を向けているシドニアのコートを引っ掴む。本気でそう思っているらしいのがまた腹立たしい。
「おーおー、お前も30過ぎだからおっさんだろうがハハハ」
「…」
気にもせずからからと笑うこの男に何とか意趣返しをしてやりたく、スモーカーは逆鱗に触れるのを承知で口を開いた。
「…じゃあ50過ぎのアンタはもう爺さんだな」
「誰がジジイだてめぇぇぇ!!」
無礼は拳で返された。


「…で、話戻すか。その子とロジェたんは今友達同士なのか」
「…えぇ、おれの知らん間に随分仲良くなってた様で」
痛む顎をさすり、スモーカーは玄関に座り込んだまま憮然と答える。敗北者たる彼を傲然と見下ろすシドニアはふんふん、と頷いた。
「いつだったか、『おともだちとあそんでくる』つって飛び出していった日に分かりました」
前々から少し態度が怪しいなとは勘ぐっていたが、ハロウィンの日にその友達が家に訪ねてきた事で発覚したのだ。
子供の手の届かない棚の上に保管しておいたクッキーの缶を、軽々と二段ジャンプで取っていったので随分驚いたものだ。初めて家を訪れた客人がそんな所に貰い物の菓子がある等と知る筈がないので、すぐにロジェがそそのかしたのだと知れたが、それにしてもロジェと同い年の子供とは思えない身体能力だった。
「…まぁ、おれも心配でしたが悪いようにはされてない様です。寧ろ気に入られてるようで、偶に菓子を土産に貰ってたり、髪にリボンくっつけて帰ったりしてますよ」
「そうだろそうだろ、ロジェたんかわいいからな!」
「ああそうですね」
宇宙の真理を語る顔をしている親馬鹿を放置し、スモーカーは背中を向けて玄関のドアに手を掛けた。いつまでも付き合っていられない、こうしている間にロジェはまた騙されてジュースという名の酒を飲まされているかもしれないのだ。自分が傍に付いていてやらねば。
「迎えに行ってきます」
「おう、じゃあ土産もあるからお前持て。そっちの赤い紙袋だ」
どうやらついて来るつもりらしい。あのチビとこの上司二人の面倒を同時にみる等ご免被るとスモーカーは思うが、生憎目の前の男はそんな彼の内心に気づく、いや気づいても配慮するような男ではない。結局当然の様な顔で荷物を持たせ、後ろからくっついてきたシドニアを連れていく羽目になった。


外は大分暗くなっていた。後ろを歩く彼は何処か不満げな顔で明かりの付いた街灯を眺めている。


「車出せよ、ケチな野郎だな」
「歩きで十分な距離ですよ、ご存じでしょう」
「ああ、知ってるよ。昔からよく飲みに行ってるしな」
そう言って小さく笑いながら、ふぅと白い息を吐き出す。
「あそこの家の宴はいいぞ、楽しく酔える」
「…」
まるで懐かしむ様に言う彼の言葉を、スモーカーは黙って聞きながら歩いた。
シドニアも今では大きな責任ある立場にいる。話には聞いている昔程には奔放に振る舞えない事が寂しいのだろうか、この男がまさか。
「だがまあ、歩きで正解かもな。どうせお前も飲まされるだろうし」
「は?」
さらりと言い放たれた不穏な発言に、スモーカーは思わず振り向く。そこには、先程までのどこかしんみりした雰囲気等微塵も感じられない笑みを浮かべて上司が立っていた。邪悪さすら感じられるそれにスモーカーが思わずたじろぐと、その隙を逃さず伸ばされたシドニアの手がその腕をがしっと掴む。
「まあまあいいっていいって。とっとと行くぞスモーカー、もうすぐ6時になっちまう」
「ちょ、アンタ」
シドニアは先程までののろのろした歩き方から一変、そのまま颯爽と歩きだす。腕時計を見ながら告げる彼に引きずられ、スモーカーは諦めた溜息を一つ吐くとすたすたと歩き出した。



「お、シドニアさんかよい。久し振りだな、いらっしゃい」
「おー、邪魔するぜ!!いい夜だなロリコン!!」
「わー!パパだ!おかえりなさーい!!」
「ロジェたぁぁんただいま!!パパにおかえりのちゅーして!」
「(全くこの人はいつもいつも)」





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あとがき
ちょっと駆け足で仕上げたので文章荒いですね、すいません。
宴編書きたかったんだ…でも間に合わなかったんだ…。むたさんごめん。
うちの煙さんは親にも子供にも振り回されています(´ω`)


ついにパパが登場しました(*´ω`)