「じゃあ、わたしが奥州に嫁いであげる。そうしたら同盟が結べるでしょ?」

「うむ。しかし、はそれでよいのか?」

「かまわないわ。うふふ、でも、政宗殿はこんなおばあちゃんを貰ってくれるかしら」

「笑止、を断る男なぞおるものか」



じゃが、伊達の小倅なんぞには勿体無いのう、と氏政は渋る。
氏政の横にいるは、うふふ、と袂で口元を覆って笑った。
は、正に絶世の美女だった。
知識に富み、器量も良く、果ては武芸までこなしてしまう。
文武両道眉目秀麗才色兼備、天が二物も三物も与えた存在。
見た目は十を過ぎたころなれど、その麗しさは変わらない。
本当に人なのかと疑いたくなるほど完全な人間だった。

けれど、は実は人ではない。
分類的には人に属されるのであろうが、人という器を超越した存在であることは確かだ。
は齢百を越える。
本人がそう言っていただけで確かめようはないのだが、氏政はそれが真実であると信じている。
事実、氏政がを城に招いて二十余年、は変わることなく幼く美しい姿のままであった。

氏政がと出会ったのは、氏政がまだ若かったころ。
遠乗りに出かけていた先の街で、人だかりを見つけた。
何であろう、と好奇心のまま近づくと、美しい少女が宿屋の客引きをしていたのだ。
客は少女の麗しきに惹かれ、次々と宿に押し寄せている。
なんと目麗しい少女か、と氏政も他の客同様少女に目をやっていると、ふと目が合って微笑まれた。
ここから先は、あまり覚えていない。
気づけは宿屋の主人からを奪うようにして金と引き替えに貰い受け、城へ招いていた。



「まぁ、今度のご主人様は御殿様なのね。はじめまして、今のところ、です。これからよろしくお願いいたしますわ」



一国の主に対し、対外不遜な物言いである。
本来ならば怒鳴り、何か仕置きでもしてやるところなのだが、にこりとが微笑めば不思議と許せた。
むしろ、この媚びぬ物言いが天真爛漫で愛らしいとさえ思えてしまう。
氏政はを大層気に入り、愛でた。
もう二十余年も昔の話である。



「じゃあ、さっそく親書を送りましょ。それで奥州が了承してくれたら輿入れね。ふふ、結婚なんていつぶりかしら、わくわくしちゃうわ」

「は、楽しそうじゃの」

「あら、氏政様やきもち?それとも寂しいのかしら。大丈夫よ、ちゃんと里帰りするから」



は魔性だ。
笑顔で人を惑わし声で人を狂わせ容姿で人を貶しめる。
それがわかっていて、氏政はから離れられない。
は総てを知っていながらも、手ばなすことのできない愛しい存在。
それと同時に恐ろしい化物。
何十年たとうと変わらぬ容姿、それだけ一緒にいてもの考え一つわからない、底知れない。
恐ろしい、本当の化物を、氏政は飼っている。
いや、体よく利用されているだけか。



「それでは行って参ります。氏政様」

「うむ、伊達の小倅に飽いたら、すぐ戻ってくるがよい」

「はぁい」



これで、北條は安泰だろう。
北條の娘が伊達へ嫁ぎ、北條と伊達は同盟を結んだ。
事実上、北條の寵愛するを人質に差し出したのだ。
伊達も和平の申し入れと受け取り、を受け入れた。
ましてや差し出されたのは目麗しい少女、伊達は戦わずして北條の地を手に入れられると喜んだ。



「お初にお目もじ仕ります。北條家が娘、にござります。以後、心身ともに政宗様に捧げ、奥州繁栄のために尽くしますわ」



そうして、はにこりと笑って奥州に嫁いだ。

は知っている。
自分が人を惑わすことを。
自分が化物だということを。
自分の笑みが、人を堕落させるということを。





2009/06/29
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