「つまらないわ」



は一人ごちて、嘆息する。
奥州に来てもう幾日も過ぎた。それなのに、城の主である伊達政宗と顔を合わせたのは祝言のその日だけであった。
初夜を迎えども、の幼さに褥をともにすることはあきらめ、添い寝にとどまった。
程の歳の子を抱くのはないわけではないし、幼いのが趣味の殿方もいる中、伊達はに手を出さなかった。
は別にかまわなかったのだが、どうやら奥州の主は細かいことを気にするらしい。
しかも、朝起きれば隣は蛻の殻で残されたは途方に暮れるしかなかった。



「これは、わたしが北條の娘だから大切にされてるのかしら。それとも、子供だと侮られたのかしら」



まさか、何もしない初夜を迎えるとは思ってもみなかった。
は幾度目かの一人の朝を迎えると、手を叩いて侍女を呼ぶ。
顔を洗う水を持ってこさせ、着替えるのを手伝わせる。
主の側室となったは、今や何でも願えば叶う立場にある。
現在奥州の主、伊達政宗は以外の側室を迎えていない。
ゆえに、の独壇場となっている。
けれどもそれにかこつけて粗暴にふるまったりはしない。
このような豪奢な生活、北條やそれ以前の生活で幾らでも経験してきた。
厭いているのだ、何もしない生活に、何不自由ない生活に。

だから、とは本日行動に移した。
与えられた部屋を出て、城内を歩きまわるのだ。
変装しようとの美しすぎる容姿は目立つし、こそこそとしたところで怪しまれるだけ。
なら、いっそ堂々としていたらいいのだ。
誰も側室となったに意見を言える立場ではないのだから。

そうして部屋を出ていくらも経たないうちに、は声をかけられた。
相手は明らかに呆れを抱いているのが見て取れる。
はにこりと微笑んだ。



「何をしているのですか」

「お散歩よ」

「共も連れずですか」

「だって、頼む人がいなかったんですもの。貴方がなってくれる?」



男はため息をついて、人を呼びます、と頭を下げた。
輿入ったばかりの城を、主に無断で歩き回るとはなんとも常識知らずの姫君か、といった考えが胸中を渦巻いた。
北條からの和平の申し込みで、奥州も願ったりかなったりだった。
だから受けたというのに、渡された姫君は確かに美しい、けれど、中身が伴っていない。
大した教養も受けず、ただ甘やかされて育ったのだろうか。
ちらりと見上げた姫は、総てを流してしまうようににこりと微笑む。
とんだ姫を預けられたものだ、と男は深く嘆息した。



「安心して頂戴。別に、城の構造を調べたり抜け道を探していたわけではないの。本当に、ただ単に、純粋に暇だったからで歩いていただけよ」



そんな、と男は顔を上げた。
姫はにこにこと微笑んだまま、美しくあどけない。
けれど、今確かにその顔が歪んだのは気のせいか。
言わなければわからないことを、なぜこの姫はあえて言うのか。
口にした理由は、こちらを混乱させるためか。
北條は、もしやこの姫を伏兵として送り込んできたのか。



「あらあら、かえって混乱させちゃったみたいね。調べたりしてないから、そんな顔しないで」

「すみません」

「いいのよ、心配よね。つい先日まで敵対してた国から来た娘ですもの、疑って当然だわ」

「そ、んなことは」

「でもねぇ、わたしも退屈だったのよ。だから、外を見てみたいと思ったの」

「こちらの配慮が行き届かず、申し訳ございません」

「構わないわ。こちらも、勝手に出歩いたりしてごめんなさいね。もし心配だったら見張りの数を増やしてくれていいのよ」



はい、と事務的に返事をして、はっと気付いた。
見張りを増やしてもいい、だと?
それではこちらが、天井裏に忍をつけていたことを、この姫は知っているのだ。
知っていて、何も言わなかった。
慌てて姫を見れば、変わらずにこにこと微笑んでいる。



「貴方、お名前は?」

「片倉小十郎です」

「わたしの名前はです。呼ぶ時はって呼んでくれてかまわないわ。わたしはなんて呼ばせてもらおうかしら、わたしくらいおばあちゃんだと、片倉も小十郎もたくさん知ってるのよね」



は困ったように笑い、すっと目を細めて男を見た。
男は顔を下げたままの視線を受け止めたが、視線が突き刺さりのしかかるのを感じる。
美しいだけの、姫だと思った。
美しく、けれども幼くあどけなく。
可憐だけれども常識はわきまえておらず、無礼で、見方を変えれば天真爛漫で無邪気とも捉えられるが。
それでも、ただの幼い子供だと思っていた姫が。

どうして、こんな、末恐ろしい。



「まあいいわ、片倉殿って呼ばせてもらいます。今日はもう大人しく自室に引き下がるわ。片倉殿に出会えたしね」





2009/07/09
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