「一人減ったら一人足す・・・二人減ったら二人足す・・・三人減ったら、そこで終わりだ・・・」



最初にその台詞を聞いてからもうどれだけ経ったか。
いつのまにか三人が二人に、二人は一人まで減っていた。
当然だ、相手が三人いようと、伊達政宗と片倉小十郎の前に敵う者はいない。
早々に倒れた二人が、地面に伏している。
残る一人は他の二人に比べてえらく小さいが、他の二人と比べるまでもなく強かった。



「残るはお前だけだぜ、三好三人衆とはよく言ったものだ!もう一人じゃねぇか!!」



そして、六刀を構えて政宗は駆けだした。
同時に、体面にいる片倉にも目配せで合図を送る。
目と目だけで意思疎通の可能なほど、二人は戦場をともにしてきた。
だから、二人に敵う者はいない。
いないのだ。

けれども最後の一人は伊達の六刀を長い刀で受け流し、片倉の背面からの攻撃を脇差で逸らした。
二対三の時より、二対一になった時から拮抗していた。
一人二人と屠るのは簡単だったが、どうしてだか最後の一人は無傷のままだ。
圧倒的な強さだった。
政宗と片倉の二人がかりでも、傷一つ負わせることができない。

体力の消耗戦になってくると、どうしてだか先に参ったのは政宗と片倉のほうだった。
最後の一人は小さいながらも未だ息一つ乱さず立っている。仮面をつけているから真実は定かではないが、そう感じられた。
きっと本気を出せば、すぐにでも政宗らを殺すことができるだろうに、じわじわと嬲り殺すようにちまちまと傷つけるだけ。
相手が本気でないのが、自分が本気を出しているのに、屈辱だった。



「答えろ、なぜひと思いに殺さない!」



よく喋った他の二人とは対照的に、最後の一人は徹頭徹尾無言を貫いている。
話せないのか、話したくないのか、それとも他に理由があるのか。
一方的に話しかけるだけの行為は、ますます政宗を苛立たせる。
ちっ、と舌打ちした刹那、最後の一人がぶれた。
しまった、と思った瞬間にはもう遅く、振り向けば片倉が倒れている。



「小十郎っ!てめぇ!!」



政宗は一瞬でも隙を作ってしまった慢心と、何の反応もできなかったふがいなさに腹を立てた。
その怒りのすべてを最後の一人にぶつける。
渾身の一撃が、最後の一人の付けているにやけた仮面を吹き飛ばした。
戦いが始まって初めてふらついた一人は、すぐに距離を取って体勢を立て直す。
仮面をつけていない素顔を見て、政宗は愕然とした。
そんな、まさか。

ふわりと揺れる艶やかで長い黒髪。
背景に背負うはたおやかな花。



「ふぅっ。やっぱり仮面はいけませんわ。暑くてむれて息苦しくて…」



眉目秀麗才色兼備、そして、文武両道。
あどけなさと美しさを持ち合わせる最高の女。

変わらぬ美しさのが、そこに、いた。

武骨な鎧を身にまとい、仰々しい兜を頭に被り、長く鋭い刀を構え、そこにいた。



「っ!お前、なぜっ!?」

「うふ、今のご主人様の名前を、松永久秀様と申しますの」



それだけでは、何もわからない。
政宗は半ば呆然と、を見る。

かつて政宗の側室だったは、攫われて姿を消した。
政宗が遠征に行っている間の出来事だった。
政宗と片倉の両名が城をあけていたが、成実やその他の武将を残していたし、城の守りも万全だった。
けれど、正体不明の軍団に攻め入られ、呆気なく陥落してしまったのだ。
幸いにも城が乗っ取られることはなく、半数以上の部下が一命を取り留めていた。
は、と政宗が問いただすと、部下の歯切れが悪い。
申し訳ございません、と謝罪の後、攫われました、という言葉が耳いはいった。
すぐに捜索隊を編成し、を探したがの行方は杳として知れなかった。
もちろん城に攻め入った謎の軍団も調べるように言ったが、こちらも足がつかめない。
主不在とはいえ、城を一つ攻め落とされた。
政宗は己の不甲斐なさに憤り、の消失に心痛めた。
それからしばらくが経って、ようやくその傷がいえたばかりだというのに。

目の前にいるは、間違いなく政宗の愛しただった。
そのが、政宗に刀を向けている。
わけがわからない。
は、いつもどおり、いつもどおりににっこりと微笑んでいる。



「わたし、政宗様の所から久秀様の所へ連れていかれましたの。今はそこで “猫” と呼ばれてすごしてますわ」

「お前はそうやって、今まで男にたかって生きてきたんだったな。すっかり忘れてたぜ」

「あら、一人でも生きていけますわよ?けれど、人がわたしを求めるんですの。だから、求められるがままにわたしはするだけですわ」



かつて幾度となくは時の権力者とともにいた。
あるものはを隠し、あるものはを愛で、またあるものはで遊ぶ。
今回を手にした久秀は、を使うことを選んだ。
はものごとを難なく人並み以上にやってのける。
それは武芸に至っても同じこと。
は戦い方も人を殺す方法も身に着けていたので、それに久秀は目を付けた。
ちょうど良く三好三人衆の一人が欠けていたので、それを埋めさせる。
はいつもどおり笑って、わかりましたわ、とその時の己が主人に従うだけだ。
は久秀に命ぜられた通り、三好三人衆の一角を担う死神となった。

今回相手になったのが過去縁のあった政宗ということは、も知っていた。
けれど、知っていたところでどうすることもない。
今世話になっている人物の命に従うだけだ。
殺せと言われれば、素直に殺す。

にっこりと変わらぬ微笑みを湛え、は政宗を見る。



「片倉殿も安心してください、みねうちですわ」

「…いや、いまは猫だったか?」

「猫ですわ。でも、好きなように呼んでくださって構いません。名前というのはその程度の意味でしかありませんもの」

「お前は、俺を殺すのか」



政宗が刀を構え、をにらみつける。
はにっこりと笑い、その視線を受け流した。
もしここでが殺すと答えれば、政宗はきっと殺されるだろう。
先ほどまで刀を交え、の強さは政宗より上だ。
現に政宗はいくらか傷を負っているが、はぴんぴんしている。
まだ余裕がありそうなに対し、政宗は辛かった。



「殺しませんわ。久秀様は足止めを所望されています。ですから、殺しはしません」

「もし殺せと言われていたら、俺を殺すか?」

「はい」



ためらいなく答えるが、政宗はすこし悲しかった。
短い間といえど、夫婦として暮らした仲だ。
戦略婚といえど政宗は確かにを愛したし、もまんざらではなさそうだった。
それなのに、笑顔で政宗を殺すという。
自分はにとってその程度の存在だったかと思うと、切ない。

がふと空を見上げると、爆音が轟いた。
同時に黒煙が巻きあがり、突風が吹く。



「わたしは久秀様の元へ参りますわ。うふ、せいぜいわたしに首を取られないようお気を付けくださいまし」





2009/07/12
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