「名は何と言う」

「今はですわ」



にこりと微笑み、は上座に座る久秀を見た。
先だってまで一緒にいた政宗よりも貫禄があり、威厳もある。
それは加齢からくるものと、数々の戦場をくぐりぬけてきた経験からくるものだとは推測した。
似たような年齢である他のものと比べても、久秀はずば抜けている。
久秀より年上の氏政と比べても、久秀のほうが全てにおいて優っているだろう。
ここ何十年か様々な権力者とともにいたが、久秀ほど苛烈な人間は久しぶりである。

久秀はふむ、と何やら思案し、口を開いた。



「葛葉であれば、それは陰陽師で有名な安部晴明の母君の名前だ。葛葉は伝説の白狐で、大妖だという話だな」

「そうなんですの。久秀様は物知りでいらっしゃいますのね」

「百年生きた卿のほうが物知りだろうに。卿からみれば私なぞ赤子のようなものであろう?」



久秀は盃に注がれた酒をを煽ると、ふんと笑う。
誰だって、より長く生きた者はいないだろう。
誰もが一度は夢見る永遠の命。
老いず死なず、ずっと若いままの姿でいるのは人類の夢と言っていいかもしれない。
叶うことのない夢。
けれど、夢を実現にした少女がここにいる。
少女は唯の人には想像もつかないほど長い時を生きている。
それはどんな気分なのだろうか。
さしもの久秀にも想像できない。



「単にわたしがおばあちゃんなだけですわ」

「婆、か。ものは言いようだな、そなたほど美しいものなどおらぬだろうに」

「うふ、ありがとうございます」

「今は、ということは、昔はまた違う名だったのかね?」

「そうですわ。汨玖とか鼓久里とか、他にもたくさん」

「そうか、だったら卿はこれから猫と名乗るがいい」



猫、それは動物の猫であり、同時に寝狐ともあてる。
狐とは来つ寝とも表し、女を現す。
女は古来より男を惑わし堕落させる。
その揶揄として、久秀はに猫と名乗れという。
はその意図を知ってか知らずか、にこりと笑いわかりましたわ、と返事をした。



「今日からわたしは、久秀様の猫ですわ」





2009/07/12
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