が戦場に降り立つと、空間が出来た。
先ほどまで人が入り乱れていた状態だった場所に出来た空白。
半径2メートルほどの円が中心に広がり、血が境界となり円を描く。
円の外では、致命傷を負った海賊が倒れていた。



「海軍の、鬼!」



海賊から悲鳴が上がった。
鬼の噂はじわじわと広がり、今では多くの海賊が知る所となっている。
多額の賞金を懸けられていた賞金首が、どれほど鬼に食われたか。
数多の海賊船が沈められ、幾百もの同胞が鬼に屠られたか。
恐ろしいのは、たった一人で一連の殺戮を行うということだ。
鬼はたった一人で、人間を食い殺す。
一度刀を振るうだけで、周りの人間が黄泉路へ送られた。



「如何にもわたしが鬼だ」



止まることなく、は駆けだした。
最初の幾人かの首が飛ぶ。
生首の転がった先で悲鳴が上がる。
身体の方は派手に血飛沫をあげながら、人に恐怖を植え付けながら倒れる。
悲鳴が、上がった。

は戦う上でパフォーマンスも大切だと思っている。
士気が高い相手より、士気の低い相手を殺す方が簡単だ。
派手に殺すことで、雑兵の士気はぐんと下がる。
もちろん、見方を派手に惨殺されたということで怒り狂う輩もいないではないが、それはそれで良し。
怒った相手は攻撃が単調になりやりやすい。
まとめてきてくれればそれだけ一気に殺せるから楽なのだけど。

しゅ、と肩を何かがかすめた。
かすめたところから徐々に血が滲み、遅れて鋭い痛みがやってくる。
狙撃手が一番厄介だ。
走り回ってれば中てられることがないが、止まったり少しでも速度を緩めたところを狙ってくる。
しかも狙撃手は隠れていたり少し離れたところにいることが多い。
まるで昔の己のようだと思う。
誰にも見つからないよう隠れ、気配を殺し、獲物自体にすら気付かれないようにそっと殺す。
後に残るのは殺したという結果のみ。誰にも下手人は露見せず、すべてが終わる。
そんな存在。

昔の自分は暗殺者だった経験を生かし、狙撃手がどこにいるか、どこから狙うのが一番狙いやすいかを動きながら考えた。
敵船に乗り込む前に大よその船内図は頭に叩き込んである。
考えることは苦手だが、覚えることは人並み程度にできる。
相手の位置の予測がつけば、相手の死角へ回り込み、手榴弾を投げた。
爆薬は派手で匂いもするのであまり好きではないが、正確に狙わなくともいいのが楽だ。
確実に死んだかどうかはわからないが、狙撃が止まればそれでいい。
動くものを粗方壊し、嬲り、殺し、ひとまず冷戦状態が出来上がった。



「ふん、他愛もない」



海軍の鬼は嗤う。
背は伸び筋力が増し、四肢は長く間合いが伸び、眼光は鋭く周囲に絶望を振りまき、武力は海賊の命を狩り獲る絶対の力として成長していた。
その姿はどこまでも白く、背負った正義の文字が公然と主張している。
彼女に出会ったが最期、どれだけ命乞いをしようとも、例え何の罪も犯しておらずとも、無謀にも立ち向かおうとも、辿る末路は死だ。
彼女は海賊を絶対に許さない。



鬼の噂が流れ始めて十数年、少女から成長した彼女は、まごうことなく鬼となっていた。






  
2018/09/02