放出系は遠距離攻撃が得意な分、接近戦が苦手な傾向がある。
けれどもはその逆で、昔から武術を得意とし、接近戦での攻撃を好んできた。
だから行き成り遠距離系の技を考えろと言われても、これしか思いつかなかったのだ。
“オールラウンダー:使い手の理想の銃”
おかげで使い勝手はいいが、攻撃方面になるといまいちだった。
そこで考えたのが、第二の能力。
いつもいつも、他者を跪かせ従わせ意のままに動かすことができたら、いつか世界中の人間を屈服させることができたら、と常々思っていた。
最近は修業に明け暮れそのことを忘れていたが、やはり心のどこかでそういう思考が渦巻いていたのだろう。
どうしようか、と考えていた矢先、目の前にあったコンクリートの破片が動いた。
ぱちくりと瞬きし、何かしら、と小首を傾げるとまた動く。
暫くコンクリートの破片と睨み合って、三度動いた時に初めて動けと念じた。
するところりころりと破片は動き、それが面白くて飛べと念じた。案の定石は浮き上がったが、すぐにごとりと落ちた。
それからは手当たり次第、周りにあるものに命令していった。
転がれ、回れ、動け、浮かべ、こっちへ来い。
最初はぎこちなかった動きが、暫くするとなめらかに動くようになった。
次いで考えたのが、生物―――主に人間―――を操ることができないか、だった。
試しに外に居た鳥にこっちへこい、と念じてみるも、あえなく失敗。
いく度繰り返せも、生物は操れない。
業を煮やし鳥を考えたばかりの念“オールラウンダー”で攻撃して、それから少しは近づいてくれてもいいじゃない、と考えたら怪我をしていたのでかなり時間がかかったが、これまで言う事を聞かなかった鳥が近づいてきた。
このことに気分を良くし、生物は自分が怪我をさせてからなら操れることを知った。
放出系であるが、操作系の能力を開発することはできなくもない。
けれども、やはり本質が違うので性能は劣ってしまうし、使い勝手もいいものではない。
一度相手を傷つける必要があるのは、リスクが高い。
そして相手を操るのに必要な念も莫大だった。
小鳥相手に命令を下せば、少しの疲弊。
たまたま近くを通りかかった人間を操れば、100メートルを全力疾走した後のような酷い倦怠感に襲われた。
いかんせん、この能力は燃費が悪い。
この燃費の悪さは到底実践で使えるものではなかったが、長年人を思いのまま操ってみたいと思っていたはこの能力をとても気に入った。
それからは出来る限りこの能力を使って生活をした。
普通の生活よりはるかに疲れるが、修行の一環だと思って努力した。
日々の基礎訓練に加えての修行は堪えたが、いずれ人を好きなだけ操れるようになると思えば頑張れた。
ナイフとフォークを操って手を使わずに食事をする。服に命じて動かず着替えをする。
そしていつしか、人一人なら一日中操れるようになっていた。
“バンボラ:bambola”
無機物を操ることができる。
有機生命体(人間含む) は一度本人が傷つけてからでないと操ることができない。
人間においては最大継続時間一日(24時間)しか操ることができない(体力的な問題により) また、多人数を一度に操る場合は操っている時間x人数で計算され、2人を12時間、24人を1時間操るのが限界である。
操っている際他の念能力の発動が一切出来ない。
「これは…一体」
「バンボラ。ボクの能力だよ」
「しかし、これは操作系の能力じゃないか。お前は放出系のはずだろう」
「そう。ボクは放出系の能力者。だから操作系の能力は苦手」
「うっかりしていたな。これは失態だ。完全な失敗だ、見事な敗北だよ。発動条件は念による攻撃か、さっきの傷か?」
「傷の方が正解。色々制約があるから使い勝手は悪いけど、気に入ってる能力だよ」
「ふんっ、どうせ制約に縛られ欠点ばかりの能力だろう。放出系なのに操作系の能力を作るなんて」
「いいの。これがボクの望む一番の能力だから」
ここで出ました“バンボラ”連載名でもありますね。
でも、大した意味もない、このネーミング。
この後さらに改良を重ね、後の糸を使った攻撃主体になります。
意外とどこの夢主さんも便利な能力なので、うちの帝王様には利便性の追求が全くできない非常にできの悪い能力にしてみました。
反面教師:カストロ
2009/03/09
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