「あはっ」
久しぶりに見た活気ある光景には胸躍らせる。
目の前に広がる光景はイタリアに居た頃よくみかけた市場に似たようなもので、何処となくノスタルジーを感じさせられた。
母国語とは違う文字が表記されており、は何が書いてあるか読めなかったが別段気にすることもなく市場を見て回る。
陳列されている商品はイタリアの市場と大差なく果物や野菜などの飲食物が売っていると思えば、の見たことのないような奇妙なものもあった。
また、行きかう人々も見た目は同じはずなのに、その身にまとう雰囲気がイタリアと全然違う。
やはり、ここは全く別の世界なんだな、とは改めて思い、同時にイタリアがますます懐かしく感じる。
並べられている商品に非常に興味が注がれるが、いかんせん今のはこの世界の通貨を所持していない。
ズボンや服についているポケットを漁って見れど、出てくるのは小型の銃や暗殺用の黒いつや消しが塗られた愛用のナイフやよ、
く使う丈夫な糸やこの世界では通用しない小銭や、とにかく今は役に立たなさそうなものばかり。
目の前にある商品を欲しいと思うが、これではどうすることも出来ない。
“諦める” という概念を知らないはさてどうしたものか、と思い悩む。
「お兄さん、なんかようかい?」
「うん、これが欲しいなって」
「あぁ、お目が高いね。15万ジェニーだ。何でも名のある細工師が作ったものらしくてね、値は張るがいいもんだよ」
体格のいい男の店員がに渡したのはアンティーク調の時計だった。
文字盤は細やかな所まで模様が施されており、ベルトや金属部には事細かな彫刻が刻まれていた。
15万ジェニーというのがの知るドルやユーロとは価値が違うことがわかっていたが、実際どれほどの値段なのかいまいち実感が湧かない。
ドルでいうと物凄く高価だし、ユーロでもそれは同じだ。
高いかもしれないし、安いのかもしれない。
買う買わない以前に所持金がないのだが、<はそのようなこと毛ほども気にしていなかった。
もとより裕福な家庭に育った子であったので、ほしいものは何でも手に入れる。
本人はその時計を手に入れる気満々だったのである。
「お兄さんかっこいいし、その時計もきっと似合うさ」
「ありがとう、ボクもその時計はとっても気に入ってるよ」
「じゃ、お買い上げだね、毎度あり」
品物が売れたことに機嫌を良くしたのか、店員は嬉々とした様子で時計を包装する。
は “買う” などとは一切口にしては居ないのだが、どうやら店員が早とちりしたらしい。
時計が手に入るのならとしても万々歳なのだが、きっとこの店員はに金がないことを知ったら怒るだろう。
“金がないのなら買うようなそぶりをするな” と。
この世界に来てもう三ヶ月が過ぎたが、その間は修行に明け暮れ、外界のことなど学ばなかった。
なので問題が起きればどう対処したらいいのかわからない。
逃げればいいのか、殺してもいいのか。
買わない、という選択肢は端からない。
綺麗に包装されていく時計を見ながら、よし、やってしまおう、と思ったときだった。
「あれ、君ホームに居た人だよね?えーっと、名前は、そう、」
「ホーム?クロロの友達?」
「あはは、オレの名前はシャルナーク、シャルでいいよ。クロロとは仲間って言ったほうが合ってるかな」
「そっか、クロロの仲間かぁ!うふふ、ボクってラッキーかも!!お願いね」
にっこりと満面の笑みで微笑まれ、シャルは一瞬戸惑った。
だから気付かなかった。
がシャルに支払いを任せ出て行ったことに。
残されたシャルの目の前には笑顔の店員が居て、見に覚えのない15万ジェニーを請求されたシャルはわけがわからなかった。
*
「ちょっとー、おぉーい、ー!」
「あ、シャル!」
「 “あ、シャル” じゃないよ!いったいなんだったの、あれ!!」
「ちゃんと時計買ってきてくれた?」
「買ってきたか・・・って、あの状況じゃ買わないほうが無理だろ!」
シャルが懐から時計を取り出して見せると、は嬉々とした様子でそれに手を伸ばした。
しかし、時計はの手に触れることなく再びシャルの懐へ戻っていく。
シャルが持っている時計は先ほどが買おうとしていたもので、実際買ったのはシャルだから今はシャルの所有物だ。
が立ち去った後、残されたシャルが何がなんだかわからないうちに店員に金を要求され、断りきれずに買ってしまったものだ。
それはどうかんがえてもの所為であって、シャルはどうしてこのような事になったのか少々苛立っていた。
「説明、してくれるよね?」
「説明?ボクは時計が欲しかった、お金を持っていなかった、シャルが来た、それだけだよ」
「それだけ・・・って、君ねぇ・・・」
「でもシャルが来てくれて良かった。おかげで時計が手に入ったんだもん」
笑顔で言われ、シャルは一瞬気を緩めたが、すぐに頭を振り我に返った。
この人物は碌に知りもしない自分に時計を(しかも無闇矢鱈に高い)買わせたのだ。
こっちだってのことはクロロの紹介で名前だけしか知らないし、今回に気づいたのもホームでうろついているをちらりと見て、今回偶然気づいただけのことで、ほとんど初体面もいいところ。
「あのねぇ、オレは君なんて知らないし、知らない人に物を買ってあげるほどお人よしじゃないの、むしろ怒ってんの!」
「どうして?お金なら後で返すよ?」
「普通知らない人に集られるのは嫌だろ!?」
「知らない人じゃないよ、クロロの友達とクロロの仲間。それに、ボクのことを知ってたっていうことはクロロから紹介があったからだよね?
だったら、知らない人じゃないよ。ボクとシャルは知り合い」
理屈上はそうなのだが、個人的に知り合いになった記憶がない。
と、言うか面と向かって会うのはこれが初めてだったりする。
一度だけクロロが居るときに名前を言っただけ。
顔は見たが、声は聞いていないし話もしなかった。
そんな人物を知り合いと認識してよいものか、とシャルは考えあぐねる。
「ま、難しく考えても仕方ないよ。友好関係って言うのは気の持ちようでしょ?だったら今からボクとシャルは友達、それじゃダメ?」
他意のない眼で見られ、小首を傾げられ、シャルの怒りはいつの間にか収まっていた。
の雰囲気というか、空気に呑まれていて、そんなことどうでもよくなっていた。
気付けば自分でもわからぬうちに微笑んでいた。
「しょうがないなー。じゃ、今回だけは許したげる」
「わぁ、ありがと、シャル!」
「あ、でも時計のお金は払ってよー?」
「うん、きっとクロロが払ってくれるよ」
「団長が?」
「だってボクは団長のお気に入りだもの」
は無邪気な子供のように見えたが、実際は我侭で自分勝手な性悪。
シャルはとんでもない人物と友人になってしまったな、と溜息をついた。
「ま、いいや」
「どうしたの?」
「この時計、オレからへプレゼント」
「ほんと?ふふ、嬉しい」
時計をにやれば、びりびりと華美な包装などには目もくれず破き、時計が入った箱を投げ捨て、時計本体を取り出すとすぐにその腕へ取り付けた。
自分の腕に時計があることに満足したらしいは、改めて微笑む。
「ありがと、シャル」
「どういたしまして」
2006 07 04
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