
お子さま行進曲 ロジェと!
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チリンチリン 「おー」 「これねぇ、ハンドベルっていうんだよ」 手に持った美しいベルを、ロジェは自慢げに振る。その度に響く澄んだ音色に、の口が緩んだ。 「きれいなおとだな!ふうりんかこれ?」 「ハンドベルだってば。ぼくのおきにいりなの、スモーカーが買ってくれたんだよ」 ロジェはえへへと笑うと、ぴんと思いついた。 この素直で愛すべき友人を、ちょっとからかってやろう。いじわるな試みを胸に秘め、ロジェはにっこりと極上の笑みを浮かべた。 「あのねぇちゃん、これをさかさまに鳴らすとね、メイドさんが来てくれるんだよ」 「めーどさん?」 「ちゃんしらない?おそうじとかのおうちのお仕事なんでもやってくれて、ナイフなげたりそらとんだりするの。時間をとめたりもできるんだよ」 「しらん!めーどってすごいな!」 友人の話をあっさり信じたは、案の定目を輝かせる。 きっとの頭の中では、『メイド』とは似ても似つかぬものが存在しているのだろう。それを想像してロジェはにこにこ笑う。この友達をからかうのは楽しい。 「でもねちゃん、メイドさんのいないおうちは鳴らしてもきてくれないんだ」 「なんで」 「ほらね、こうやってならしても…」 チリチリン 「おー、邪魔するぜ」 ベルが音を奏でた瞬間スッと襖が開き、ジュースとお菓子の載ったお盆を持ったリーゼントが姿を現した。 『あ』 「遊んでるとこ悪いが、おやつ持ってきたぜ……ってどうしたよ」 あまりのタイミングに目を見開く二人を見て、サッチは訝しげに瞬く。一拍置いて、が我に返った。 「サッチ、サッチはめーどだったのか!?」 「は?何の話だよ」 表情を輝かせて突進してきたに、意味が分からずサッチは首を傾げた。 おやつに喜ぶかと思いきや、訳のわからぬこの反応。一体どういうことかと二人を見比べれば、足元のの目は憧れの色を宿し、ロジェは身体を背けてハンドベルを弄っている。 「おい、何吹き込んだんだお前」 「ぼくしーらない」 すぐさまこっちが怪しいと、サッチはロジェと向かい合った。ロジェはサッチから目を逸らし不自然な程にこにこ笑う。 「すごいな、サッチはそらをとべるんだな!」 「…に嘘教えんなよ?」 「うひょにゃんひゃふいふぇにゃいもん(うそなんかついてないもん)」 もっちりしたほっぺたを引っ張られロジェは抗議の声を上げる。 「おー、伸びる伸びる。大福モチだこりゃ」 「うー!」 白いモチ肌は触り心地がよく、サッチは面白がってむにむにと引っ張った。 「サッチはめーどだ!」 「なんだよめーどって」 「ベルならしたらめーどが来るってロジェが」 「むぎー!」 「??……ひょっとしてメイドのことか?」 どうも要領を得ないが、どうやらベルを鳴らすとメイドが来るから試した、ということらしい。 サッチの頭に、映画等によくありがちな、金持ちが呼び鈴を鳴らしてメイドだの執事だのを呼び出すシーンが蘇る。確かに完全な嘘ではないが、事実でもない。そもそもこの家にメイド等いないのだ、いないものが現れる訳がない。それにこれは呼び鈴じゃなくてハンドベルだ。 ぶにぶにとロジェのほっぺたで遊んでいた手を離し、サッチはくるりと向き直っての両肩にポンと手を置いた。怒ったロジェがその後ろ頭をべしっとはたく。 「あのな、うちにメイドはいねェんだよ。知ってるだろ?」 「サッチがめーど」 「ちげーって、なんでそうなるんだよ」 まっすぐな目でサッチを指して言うの小さな手を押し下げて、根気強く言い聞かせていく。 「いいか、おれはメイドさんじゃねーの。ここにはいないの」 「じゃ、だれがめーど?」 「……はァ」 説明に疲れて肩を落とすサッチは、くるりと振り返りロジェを見た。そもそも諸悪の根源は、のこの『悪い』友達だったじゃないか。 お前、なんとかしろ。 そんなアイコンタクトを受けて、ロジェはにこっと微笑みを浮かべた。その笑顔に不穏な気配…というか、自分と同じものを感じてサッチは己の判断が軽率だったことをすぐに悟る。 「おい、やっぱいい…!」 慌てて制止の声を上げるが、時既に遅かった。 「ちゃんちゃん」 「ん?」 「マルコのおじちゃん呼んできてくれる?」 「いいよ!」 「うぇっ!」 ロジェの提案に何の疑問も挟まず笑顔で答え、しゅばっとその場からかき消える様に姿を消すにサッチの口から裏返った声が漏れた。よりにもよって、そう来るとは。悪戯心か、それともさっき散々ほっぺたで遊んだ事による復讐心か、どちらにしろ性質が悪い。 とサッチ、マルコがどちらの側につくか等火を見るより明らかだ。 この場で出来る最上の手段といえば、もう逃げる事だけ。守役モードのマルコには勝ち目が薄いと判断し、早々に立ち上がる。 「あー、おれ用事があるか」 「おれに何の用だい、ロジェちゃん」 終わった。 奇しくも退路を塞ぐ形で現れた守役の男を見て、サッチはがくりと膝をついた。 ―――――――――― 「というわけで、サッチにメイド服着てもらったよい」 「どういうわけなんだよ、ここに至るまでの過程を説明しやがれ」 「似合うよおじちゃん」 「そう思うならこっち向けよ」 ふて腐れた様な顔で、サッチはロジェの後ろ姿を睨んだ。迫力のある中年のそれも、恰好が格好だから却って滑稽に映ってしまう。 サッチが今纏うのは最近のフリルの多い流行の型とは違う、いわゆるクラシックタイプのメイド服なので、黒の長いロングスカートがふくらはぎまで隠している。白のエプロンもシンプルなタイプで、サッチが着るとぱっと見不良のロングスカートの様にも見えた。 ご丁寧にホワイトプリム(頭の白いレースのあれ)まで頭にくくりつけられている。 そんな格好をさせられたサッチは普段の伊達男(のつもり)振りはどこへやら、ちゃぶ台に座り込み惨めなまでに暗いオーラを背負っていた。 「よかったな、ミニスカートじゃなくて」 「ほんとにな…」 こちらを直視しようとしないマルコの大したフォローになっていない発言に深く頷くサッチは、さながら戦いに倦んだ戦士の如く疲れ果てていた。 「サッチがひらひらだ」 「おい、やめろ」 スカートをめくるを追い払い、サッチは大きくため息を吐く。 「どっから出したんだこんな服…そしてどうしてサイズが合うんだ」 「そりゃ言わぬが花ってやつだよい」 追いやられたを手招きして抱っこしながら言うマルコの目はサッチを見てもいないが、当の本人は俯いていて気づかない。 「マルコ…おれは自分のノリの良さを呪うぜ」 「今更すぎるだろい」 「どうしてこうなった…」 「知るかよい」 どんよりとしたサッチの呻き声を軽く流していくマルコは、実にクールに淡々としていた。表情に面倒臭さが滲み出ている。 きゃっきゃとはしゃぐを抱いてあやしながら、マルコは幼児二人の顔を見比べる。片方はおっさんの傷ついた心等知らぬげに楽しそうに微笑み、もう片方は不敵なまでに確信犯の笑みを浮かべている。 「…まァ、大分違うがメイドってのは大体こんな感じだ。分かったかい?」 「わかった!」 「ううん、ぼくメイドさんがどんなおしごとしてるかわかんないなー」 「……お前…実は鬼か悪魔の子なんだろ…?」 元気よく答えるはいいとして、確実に知っている癖にとぼけようとする五歳児の無邪気さを装った微笑みに、サッチは戦慄を覚えた。 「おいおいロジェちゃん、まだ何かさせる気かよい?おれとしちゃァこんなきつい代物、長く見ていたいもんでもねェんだが」 「きつい言うな!事実だけど!」 「えっとねー、サッチのおじちゃんに…」 トントン。 ロジェがうきうきと口にしようとした瞬間、襖を外側から叩く音が騒がしい室内に響く。 「おいサッチ?ここって聞いたんだが」 スッと襖が開き、イゾウが姿を現した。 「げ」 「うおーマルコなにをする!」 「あれ、イゾウのお兄ちゃん」 「イゾウ?なんか用か?」 「……サッチ、か?」 襖を開いた瞬間目に飛び込んできたサッチの珍妙な姿に、イゾウはぽかんと目を見開く。そのまま固まるイゾウにサッチは首を傾げ、マルコはを抱えて距離を取った。 「…おい、イゾウ?」 訝しみ傍に寄ってきたサッチの片腕を、音もなく伸びてきたイゾウの手ががしっと鷲掴んだ。 「っ!?」 「そうかサッチ、武骨なお前にもとうとう芸術というものが分かるようになったか…。しかし素人だから仕方ないが、これはアンバランスだな。メイド服にいつもの髪型はいかん、それに化粧もきちんとしないとな。さあサッチおれの部屋に行こう」 間近に迫るイゾウのやる気に満ちた瞳を見た瞬間、サッチの顔からざあっと音を立てて血の気が引く。 「うおーやめろおれをプロデュースしようとするんじゃねェよ!そんなんじゃねェんだってホントこれは!」 サッチの姿を吟味しながら真剣に語るイゾウに引きながら、サッチは必死に逃れようとする。しかし心の何かに火が付いたらしいイゾウは退かず、普段からは考えられない強引さでぐいぐい引っ張ってきた。 「おれの部屋には化粧道具も衣装もあるし、ちゃんとしてやれる。そのままじゃお前おかしいぞ、もっと髪型を恰好に相応しくしてだな」 「ちゃんとするってお前的な意味だろうが!悪いがちゃんとされる気はおれにはねェの!」 ギリギリと引っ張り合いをしていると、不意にくいくいと裾を引っ張られる。何だと目を向けると、あの人形の振りしていた時の様な作り笑顔を浮かべたロジェがそこに立っていた。 「サッチのおじちゃんかわいいヨ!」 「そうかいありがとよ!」 ニヤリと口を三日月の形にして笑うロジェに、サッチは半ばヤケになって答えた。 「マルコー!はなせー!ロジェとあそぶー!」 「やめとけよい」 完全に傍観者に徹することに決めたマルコは、何やら楽しそうにしている(と、には見える)三人に混ざりたがってジタバタするを押さえつける。 「、これやるから大人しくしてろ」 「おやつ!!」 お盆の上に置かれたままだったおやつで食い意地の張った子供を軽く言い包め、付き合いきれないとマルコはを小脇に抱えて部屋から逃げ出したのだった。 その後、サッチが『ちゃんとした』恰好にされたかは定かではない。 ← □ → |